ビタミンDの筋肉への効果 – 最新科学が解き明かすパワーの秘密


はじめに
ビタミンDと聞くと、多くの人は「骨の健康に必要な栄養素」というイメージを持つでしょう。確かにビタミンDは骨の形成と維持に不可欠な栄養素ですが、近年の研究によって筋肉の機能や成長にも重要な役割を果たしていることが明らかになっています。
ビタミンDに関して骨代謝におけるその役割は古くから知られており、骨粗鬆症の治療にも用いられています。しかし、免疫調節微量栄養素としての役割も近年では認識が広まっており、筋肉組織での炎症やタンパク質合成への関与も示されています。
本記事では、ビタミンDが筋肉に及ぼす様々な効果について、最新の科学的知見に基づいて解説します。筋力トレーニングを行う方だけでなく、年齢とともに筋力の低下が気になる方にとっても、ビタミンDの重要性を理解することは健康維持に役立つでしょう。
ビタミンDとは?その基本的な役割

ビタミンDは脂溶性ビタミンの一種で、主にD2(エルゴカルシフェロール)とD3(コレカルシフェロール)の形態があります。
ビタミンDは食事から摂取するだけでなく、カラダの中でも作られます。ヒトの皮膚にはビタミンDの前駆体が存在し、日光浴をすることでビタミンDが作られます。
私たちの体内では、ビタミンDは肝臓と腎臓で代謝され、最終的に活性型である1,25-ジヒドロキシビタミンD(1,25(OH)2D)になります。この活性型ビタミンDは、カルシウムとリンの吸収を促進し、骨の形成を助ける働きがよく知られています。
ビタミンDはヒトを含む哺乳動物では、ビタミンD2とビタミンD3はほぼ同等の生理的な効力をもっています。ビタミンDは肝臓と腎臓を経て活性型ビタミンDに変わり、主に体内の機能性たんぱく質の働きを活性化させることで、さまざまな作用を及ぼします。
ビタミンDと筋肉の関係 – 科学的メカニズム
ビタミンD受容体(VDR)の存在
ビタミンDが筋肉に直接作用できる理由の一つに、筋肉細胞内にビタミンD受容体(VDR)が存在することが挙げられます。
分子レベルでのビタミンDの筋肉への作用メカニズムには、筋肉細胞に存在する受容体を介した遺伝子的効果と非遺伝子的効果が含まれます。ビタミンD受容体のノックアウトマウスモデルは、筋肉組織へのビタミンDの直接的な効果を理解する洞察を提供します。
これは非常に重要な発見で、ビタミンDが骨だけでなく筋肉に対しても直接的な影響を持つことを示しています。
筋タンパク質合成への影響
ビタミンDは筋肉のタンパク質合成を促進する働きがあります。
活性型ビタミンDは、筋肉組織の多くの代謝プロセスを活性化し、タンパク質合成が刺激され、タイプⅡ筋繊維が増加します。これは、筋肉の収縮速度と筋力の増加につながります。
この作用は特に速筋(タイプII筋線維)で顕著であり、瞬発力やパワーを発揮する運動能力に影響を与える可能性があります。
分子シグナル伝達経路
ビタミンDが筋肉機能を調整する分子メカニズムについて、最新では多くの研究結果が蓄積されています。
筋肉におけるビタミンDの機能に関わるシグナル伝達経路には、ステロイド受容体コアクチベーター複合体(Src)や非受容体型チロシンキナーゼが必要と考えられており、これらはミトジェン活性化プロテインキナーゼ(MAPK)を活性化することが示されています。
さらに、ビタミンDは筋肉の萎縮を防ぐための重要な因子であることが明らかになっています。
近年、活性型ビタミンDが、筋萎縮遺伝子の発現を抑制することが明らかになりました。また、筋肉のタンパク質を構成する分岐鎖アミノ酸(BCAA:バリン・ロイシン・イソロイシン)の分解を抑制する効果も示唆されています。
mTORシグナル経路の活性化
筋肉の成長に欠かせないmTOR(mammalian Target of Rapamycin)シグナル経路にもビタミンDは影響を与えます。
ビタミンDはミオジェネシス(筋形成)、細胞増殖、分化、タンパク質合成調節、ミトコンドリア代謝などに関与し、ミトジェン活性化プロテインキナーゼなどの様々な細胞内シグナル伝達経路の活性化を通じて作用します。
このことは、ビタミンDが単に筋機能を維持するだけでなく、筋肉の発達や回復にも関与していることを示唆しています。
筋力と筋肉パフォーマンスへの効果

筋力向上効果
ビタミンDが筋力にどのように影響するかについて、多くの研究が行われています。
ビタミンD不足は「ミオパチー」「筋収縮の低下」「タイプⅡ筋線維の劣化」の一因となる可能性があり、筋力、パワーなどに悪影響を与える可能性があります。
特に高齢者においては、ビタミンD不足が転倒リスクの増加と関連していることが複数の研究で示されています。
何十年も前に、くる病や骨軟化症の患者における近位筋萎縮症の臨床観察から、ビタミンD欠乏症と筋機能の間に直接的な関連があることが示唆されました。最近の証拠により、ビタミンDが筋成長を調節する可能性があることが確認されました。
スポーツパフォーマンスへの影響
アスリートのパフォーマンスに対するビタミンDの効果も研究されています。
近年、ビタミンDにはスポーツパフォーマンスを向上させる可能性のあるエルゴジェニック特性があることが示唆されています。ただし、この関係は性別や年齢に依存したものである可能性があり、若年の男性の場合にとくに有利となるという報告もあります。
特に筋力トレーニングを行う方にとって、ビタミンDの適切な摂取は重要かもしれません。
最近のメタ分析では、ビタミンD補給が下半身の筋力を向上させる有意な効果があるが、上半身の筋力や筋パワーの向上には効果がないことが強調されています。
ビタミンD不足がもたらす筋肉への影響
筋力低下のリスク
ビタミンD不足は、特に高齢者において筋力低下のリスクを高めることが知られています。
低レベルのビタミンDは、年齢に関連する筋力低下(ディナペニアとして知られる)のリスクを大幅に増加させ、これは転倒の主要なリスク要因となります。
この研究結果は、ビタミンDが不足している高齢者に対してビタミンD補給を検討する必要性を示唆しています。
サルコペニア(加齢性筋肉減少症)との関連
加齢に伴う筋肉量の減少と機能低下を特徴とするサルコペニアとビタミンD不足の関係も注目されています。
血中ビタミンD量の低下や筋内ビタミンDシグナル伝達の低下が筋力低下を導き、将来的なサルコペニア発症を誘発する可能性について、基礎研究と疫学研究から報告されています。
これは、ビタミンDが高齢者の健康維持に特に重要であることを示しています。
最適なビタミンD摂取量

推奨摂取量
日本人のビタミンD摂取量の目安について、『日本人の食事摂取基準(2020年版)』では次のように定められています。
『日本人の食事摂取基準(2020年版)』では、高齢者のフレイル予防(要介護状態の予防)の観点から1日に摂取するビタミンDの目安量が5.5μgから8.5μg/日(男女共18歳以上)に改定前に比べ引き上げられました。
最新の『日本人の食事摂取基準(2025年版)』では、さらに増量されています。
日本人の食事摂取基準(2025年版)では1日の摂取の目安量が、18歳以上の男女ともに9.0㎍(マイクログラム)、耐用上限量が100㎍と設定されています。
アスリートに推奨される摂取量
アスリートの場合は、パフォーマンス向上のためにより多くのビタミンDが必要かもしれません。
ビタミンDの有用性についてスポーツパフォーマンスという切り口で考察を加えたナラティブレビュー論文では、1日4,000~5,000 IU(100〜125μg)が、パフォーマンス向上のための安全な用量ではないかと述べられています。
ただし、過剰摂取には注意が必要です。
ビタミンDは脂に溶けるビタミンであるため過剰症を引き起こす可能性があり、サプリメント等での過剰摂取はおすすめできません。必要量はアスリートであっても一般的な基準通りの摂取量で十分と言われています。
ビタミンD摂取法
食事からの摂取
ビタミンDを含む食品にはどのようなものがあるでしょうか。
ビタミンDが含まれている食品は、きのこ類、魚介類、卵類、乳類があります。特にしろさけやうなぎなどの魚介類に多く含まれています。ビタミンDの不足が気になるときは、魚介類を積極的にとることがおすすめです。
これらの食品を日常的に摂取することで、ビタミンD不足のリスクを減らすことができます。
日光浴による体内合成
ビタミンDは「日光ビタミン」とも呼ばれるように、皮膚での合成も重要な供給源です。
ビタミンDは日光に当たると体内で合成されるため、日光に当たることも大切です。
しかし、現代の生活様式では日光を浴びる機会が減少しています。そのため、積極的に日光を浴びにいくことがビタミンDの補給には重要となります。
サプリメントによる補給
食事と日光浴だけでは十分なビタミンDを摂取できない場合、サプリメントの利用も選択肢となります。
ビタミンD不足は高齢者の筋力低下と転倒リスクの原因となるため、活性型ビタミDアナログの補給が効果的である可能性があります。
ただし、サプリメントは医師や栄養士の指導のもとで適切に摂取することが重要です。
特定の集団におけるビタミンDの重要性
高齢者
高齢者にとって、ビタミンDは筋力維持と転倒予防の観点から特に重要です。
高齢者においてビタミンDが不足しがちになることは広く知られており、高齢者で生じる筋力低下やサルコペニア発症にビタミンD不足が深くかかわる可能性が示されました。
アスリート
アスリートにとっても、ビタミンDは重要な栄養素です。
総じて、スポーツアスリートのビタミンDレベルは非アスリート集団と大きく異ならないと考えられるが、日光曝露の減る季節には、アスリートの間でも欠乏症が蔓延している可能性があり、かつ、そのことはあまり認識されていない。
特に屋内競技のアスリートは日光曝露が少ないため、ビタミンD不足のリスクが高まる可能性があります。
まとめ
ビタミンDは骨の健康だけでなく、筋肉の機能や発達にも重要な役割を果たしています。その作用メカニズムには、筋タンパク質合成の促進、筋萎縮の抑制、ミトコンドリア機能の改善などが含まれます。
特に高齢者やアスリートにとって、適切なビタミンD摂取は筋力維持や向上に寄与する可能性があります。魚類やきのこ類などの食品からの摂取と適度な日光浴が基本ですが、必要に応じてサプリメントの利用も検討できます。
ビタミンDの筋肉への効果に関する研究はまだ発展途上の分野であり、今後さらなる知見が得られることが期待されます。自分の生活習慣や健康状態に合わせて、適切なビタミンD摂取を心がけましょう。
参考文献
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- タンパク質だけじゃない!ビタミンが筋成長に与える影響を知っていますか?, 大正製薬
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- ビタミンDの働きと1日の摂取量, 健康長寿ネット
- 日本人の食事摂取基準(2025年版), 厚生労働省
- パフォーマンス向上のためのビタミンD摂取は1日100〜125μgが適量か?, 日本スポーツ栄養協会
- 血中ビタミンD量の低下や筋内ビタミンDシグナル伝達の低下が筋力低下を導き、将来的なサルコペニア発症を誘発する可能性について基礎研究と疫学研究から報告, 国立長寿医療研究センター
- ビタミンDの効果を解説|3つの供給源と過不足による影響も紹介, ふるなびブログ
- 筋肉を思うなら摂り漏らすな! 筋合成を高める「微量栄養素」リスト, Tarzan Web
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